夢・憶え書き #1 「仕事 」

 オノレは乗り合いバスに乗っている。
映画出演の仕事をするため、その撮影現場に向かっているのだ。
 バスの中は運転手とオノレ二人だけであった。
はて、オノレは撮影現場に向かっているのだが、
その現場がどこにあるのかまるでわかっていない。
オノレは遅刻してはいけないとハラハラしながら時計を気にする。
何処で降りたらよいのかただ迷いつつ、いくつものバス停が過ぎていく。
バスはついに終点まできてしまった。
 オノレはバスの運転手に尋ねた。
「映画の撮影現場を知っていますか?」
ツルッ禿の冴えない運転手が、けだるそうな顔でオノレを見た。
ノジマであった。
 ノジマはかつてオノレが在籍した劇団の演出部にいたヤツである。
ひどい猫背で大酒のみ、胃を痛めているようなシカメッ面をしていて、
世間を斜めに見る癖があり、まるでつかみどころのない性格で翳が濃い。
そのお前が何でバスの運転手を…と、オノレが首を傾げる間もなく、
「向かいの東京電力のビルが撮影現場だ。
許可証なしでは入れんから、そこの交番の巡査に、
『ノジマさんからキキマシタ』と言え。
そうすれば許可証をくれるだろう」
ノジマはそう言うとオノレを降車させ、
バスを急発進すると怒ったように去ってしまった。
 オノレは交番に入った。
ぼんやり座っているオマワリにノジマに教わったとおり、
「ノジマさんからキキマシタ」と言った。
小太りの老年オマワリは人のよさそうな笑顔で、
「ああ、ノジマさんからキイタンデスネ。けっこうです。
許可証はないのですがビルの中にお入りなさい」と返事した。
「ノジマのやつ、昔からテキ屋のようなところがあって、
人を仕切るのが上手かったが、オマワリまで仕切ってやがる…」
オノレはそんなことを思いながら、
東京電力ビルの自動開閉ドアの中に踏み込んだ。
 ドアの中はロビーというより薄汚い控え室のような大部屋になっており、
何人もの年寄りが男女入り乱れ、
時間を持て余しているかのようにたむろしているではないか。
 彼らはいっせいにオノレに注目し、
「おはようサン」「いつもより早いじゃないノ」
「マダマダですってヨ」「ここで待ッてろってサ」などと、
訳の分からん勝手なことを口々にオノレに言う。
そしてオノレはようやくオノレの置かれた立場を理解したのであった。
 ここにおいでのジッチャン・バッチャンは、
映画のエキストラとして集められたお年寄りたちであり、
オノレもその仲間の一人であることを!