夢・憶え書き #3 「自転車 」

 どこの街だろう。
歩道に人はいないのに違法駐輪自転車が何十メートルも隙間無く並んでいる。
数台の自転車を少しずつ強引に移動させ何とか隙間をつくって、
オノレはオノレの自転車を無理矢理こじ入れた。
そして夢の世界は一度そこで終わっている。
 再び夢の世界が始まると、違法駐輪自転車の列を睨んで、
必死にオノレの自転車を探しているオノレがいた。
確かに止めたと思った場所にも、その近くにも、オノレの自転車がない。
 オノレは焦っていた。
自転車の前籠の中に茶色のバッグを入れて駐輪しそのまま出かけてしまった。
バックの中には10万円入りの封筒と二万円入りの財布がある。
しかしどうしてそんな大金を持っていたのか…実はそれがわからない。
とにかく合わせて12万円、オノレのバッグにはあるはずなのだ。
 右往左往、何台も目に入る自転車一台一台を確かめていく。
「あった!」
 潰れたような前籠が付いているオノレのブルー自転車だ。
「茶色のバッグもある!」
 ホッとしてオノレは自転車のカギをカギ穴に挿入する。
「合わない…」
 まるでその自転車のカギ穴にオノレのカギは入ろうとしない。
泡を食って前籠のバッグを掴みとって愕然とした。
大きさといい形といいオノレとそっくりのバッグではあった。
しかしそのバッグのポケットはボタンであった。
オノレのやつはファスナーである。
後ろめたさを感じながらそのバッグの中をのぞいた。
もちろん封筒も財布もない。
赤や黄色いビリヤードの玉みたいなものがあった。突然、
「何をしてるんです?」と、背中越しに声をかけられた。
若い二人の男が不審な目つきでオノレを睨みつけている。
オノレはゾッとして頭の中が真っ白になり、夢中で弁解し事情を話した。
するとバッグの持ち主であるらしい眼鏡をかけた男が、
別に怒るわけでもなく同情さえしてオノレに言った。
「確かその自転車は、川沿いの土手下にありましたよ」
 オノレはお礼をいって逃げるようにその場を立ち去り土手へ向かった。
「それにしても何故あいつはオノレの自転車が土手にあることを知っているのだ」
 オノレはそんなことを頭の片隅で思いながら走った。
きっと自分とそっくりの自転車を見たので印象に残っていたにちがいない…。
 ハーハー、荒い呼吸で土手下に来た。
オノレのブルー自転車は、まるで最初からずっとそこにあったかのように、
茫々と頭を垂れたススキの中に、ポツリと一台だけで止っていた。
オノレのバッグも前籠にある。
祈るような気持ちと、半ばアキラメの覚悟で中を確かめた。
財布も封筒も入っていたが、どういうわけか封筒の10万円は無事で、
財布の2万円だけが抜き取られていた。
 何気なく自転車のカギの部分に目を向ける。
「あらッ、壊されてない。カギも閉ってるぞ…」
 狐に化かされたような気分であった。
それにしてもオノレの2万円を頂戴した奴は
、 街から此処までどうやって自転車を移動したのであろうか?
わざわざ軽トラの荷台に乗せて為すほどの『シゴト』とも思えん。
違法駐輪の歩道にまるで人はいなかったし、
人目を盗んで置き忘れたバッグを頂くのは容易いシゴトだ。
 オノレは呆けたようにしばらく空を仰いでから我にかえって戦慄した。
「オノレはハナッから、自分で土手下に自転車を置いたのではないか?」
「もともと財布の中に2万円という金も無かったのではないか?」
 土手下から街の方まで茫々とつづくススキの波が、
空の茜を映しながら首を上げたり下げたり…いつまでも揺れている。